« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月31日 (土)

DEAN & DELUCA

うれしいお電話を頂いた。
「六本木ミッドタウンに井村さんのお醤油がならんでいるよ」
昨日オープンした話題の六本木ミッドタウンの中に「DEAN  & DELUCA」さんの店がオープンした。
かた田舎の有機栽培農家⇔六本木ミッドランド?関係が無いようで、少しだけ関係がある。このブログでも何度か紹介させていただいている先輩農家「本社長」が、直売所を発展させ成功をおさめられている「ぶどうの木」さん。

そこが銀座へ展開した「コンフィチュール・エ・プロヴァンス」の福田社長の紹介で「DEAN & DELUCA」さんと知り合い。

先日オープンした名古屋店、昨日オープンした六本木店に「有機醤油」3アイテム、「有機麦茶」1アイテムが採用(名古屋店)となり、店頭に並んでいるのだ(並んでいるそうだ)。

いまさらながら、人のご縁は大切なもの。「これからも人との出会い、ご縁を大切にし、感謝の気持ちを忘れてはならない」自分に言い聞かせる有機栽培農家井村辰二郎であった。

070327_225332_m

朝、有機小麦畑を巡回した時、小麦たちに語りかけた。

「君たち豊かに実れば、六本木へお嫁に行けるかもしれないよ」

広大な有機小麦畑と防衛庁跡のコントラスト。

もちろん、有機小麦達が都会へ出て幸せかどうかは知るよしも無い。

若麦の葉は、光を求め、空へ末広がりに拡張し、根は機を求め、土深く回り拡がる季節。

自然の恵みに感謝。

一句 葉根拡げ 機を大切に 若小麦

07019

Posted by 井村辰二郎 at 10:32 午前 農産工房「金沢大地」 | | コメント (2) | トラックバック (2)

2007年3月30日 (金)

美しき青きドナウ

イースターの季節だ。私は仏教徒だが、子供の幼稚園・小学校がカトリック系のためキリスト教の行事に触れる機会が多くなった。少し前だが、石川県県立音楽堂で行われた「イースター・チャリティー・コンサート~パイプオルガンと合唱の響き~」へ家族で出かけた。出演したOEKエンジェルコーラスに娘の友だちがでいて、黒瀬恵さんのパイプオルガンの演奏で「美しき青きドナウ」等、美しい天使の歌声を聴く事ができた。ドイツ製のパイプオルガンの調べは美しく、郷土の施設の素晴らしさにも感動した。

070321_140439_m

さて、イースターと言えば、玉子とウサギ。実は、このコンサートの共催者は「森の玉子」で有名なイセ食品さん。お隣の富山県の会社で、会長の伊勢様には、大変にお世話になっており、私が最も尊敬する経営者の一人だ。伊勢会長は絵画や音楽芸術に造詣が深く、このコンサートもイセ食品さんのメセナ活動のひとつだ。

イースターの本場、ヨーロッパの異常気象も深刻で、昨年の冬は大雪。一転して今年は暖冬。スキー場は雪不足。と思えば、先週ウィーンで40センチの雪が降ったそうだ。ここ数年は日本と同じような気象とのこと。単純な私は、ヨーロッパモードの一週間だった。

070321_161126_m

写真は、音楽堂のパイプオルガンと娘のイースターエッグ。

一句 春うさぎ ヴィナ美しき 峰青く 

07018

Posted by 井村辰二郎 at 04:49 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月25日 (日)

金沢で震度5

9時42分頃、石川県輪島市の日本海側を震源地とする、マグニチュード7.1、震度6強の地震があった。
私が住んでいる、金沢市で震度5。かなりゆれた。
休日で家にいるので、家族と共に冷静に対処できたが、井村家の危機管理は十分ではないなと、再認識させられた。
学生時代に関東に住んでいた頃は、多くの地震を体験した。昭和57年度に、大学入試で上京した際に体験した地震と同じ位、あるいはそれ以上だったかもしれない。

20秒以上の長い揺れだったので、正直最悪のケースを考えると、怖かった。

北陸は地震の少ない地域だけど、突然やってくる地震は誰にも予想できない。

緊急時の避難動線。持ち出す物、衣食住対策。妻と対策を練る必要が有る。人は、体験しないとわからない事が多く「のど元過ぎれば熱さ忘れる」と言う事もある。本日すぐに、出来る事をしたい。

あー怖かった。

※句はお休みです。

Posted by 井村辰二郎 at 10:07 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (11) | トラックバック (2)

2007年3月24日 (土)

送歓迎会

昨日、金沢大地・金沢農業合同の送歓迎会を行った。金沢大地は3年間働いてくれた方が退社し、新しい社員を一名を迎えた。金沢農業は一人退社し、二名の新しい社員を迎える。
この時期は、出会いや別れの多い季節。
これまでも、いろいろな出会いや別れが有ったが、出会いは嬉しく、お別れは悲しいものだ。

10年前は、父母と私だけで家族経営していた事業だが、4月からは、金沢大地・金沢農業を合わせて、11名が働く職場になる。
経営者としての責任も大きくなってきた。
やっと、二つの事業体の福利厚生が整い、スタートラインについただけのような気もする。

この先の10年。経営者としての真価が問われる。少し弱気だが、いろんな意味で険しい航海に乗り出してしまったのかもしれない。

一句 「何故群れる 果実や暖気 夢向こう」

07017

Posted by 井村辰二郎 at 09:28 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年3月22日 (木)

「タミフル」もう「こりごり」

もう4年前になるだろうか?能登の温泉に行ったとき、娘がグッタリして高熱が出た。インフルエンザだ。急遽予定を変更し、自宅の前にある掛かり付けの小児科院へ向かった。40度を超える高熱に徹夜の看病をした。そのとき処方されたのが「タミフル」この時の体験は一生忘れないだろう。
娘の容態がおかしくなったのは夕方。高熱にグッタリしながらも、泣き叫ぶ。父母が近くにいるのに「ママは何処?」と叫んだり、パパにしがみついて離れようとしない。「怖い・怖い」を連呼し、顔がゆがむ。目がゆがむ。幻覚症状のためか突然笑い出したり、異常な行動をする。高熱のまま徹夜の看病が続いた。一睡もせず抱きしめ続けた。深夜に何度も病院に電話をして、医師に指示をあおぐが、安静にするしかないと言われる。「インフルエンザ脳症」の文字が頭から離れない。妻は狼狽するばかり。

幸い,翌日には落ち着き回復に向かう。

この時代、インターネットの検索で多くの情報が手に入る。「タミフル インフルエンザ脳症」検索して、多くの情報を得たが後の祭りである。当時からアメリカでの、患者の異常行動や、解熱剤との併用による脳症の危険などを指摘したレポートが多くあった。

翌日、信頼する医師の先生に昨夜のことを話しても「高熱がでるとよく有る事よ」と聞き流される。「タミフルは怖い」心の中で叫ぶだけだ。

さて、多くの薬が世に出回る現代社会。人に対して、動物に対して、植物に対して。

薬が多くの方の命を救う事も確かである。しかし、その薬により結果として命を失う、あるいは後遺症を負う場合もある。

個人の医師の情報収集能力にも限界がある。親の判断も正しいとはかぎらない。

国の判断とて、絶対ではない。

人の命とは何ぞや?薬とは何ぞや?

「タミフル」報道から考える事が多い。

草かんむりに楽しい。「薬」とは何ぞや?

※デリケートな内容なので、句はお休みです。

Posted by 井村辰二郎 at 06:40 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (10) | トラックバック (2)

2007年3月20日 (火)

「不都合な真実」

070320_061220_m 070320_061241_m 観たいのに観にゆけない。「不都合な果実」アメリカのゴア元副大統領のドキュメンタリー映画。国際社会がCO2削減を協議した京都会議から退席した「あのアメリカの」ドキュメンタリーだ。アメリカでは映画の上映から、環境問題への関心が高まっているらしい。
さて、彼岸を前にした金沢の天気。
昨晩から雪が降り、朝は数センチ積もっている。暖かい2月に寒い3月。「2月と3月が逆だったね」こんな会話が交わされる。
有機農家の営みの中でも、この気候は異常だ。お米の種まきをしようという時期にこの雪である。

本当に「千年後も耕していられるのだろうか?」

一句 「なごり雪 風流などと言っとられん」

07016

Posted by 井村辰二郎 at 06:32 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年3月19日 (月)

お米の種は「お熱いのがお好き」

070319_180211_m お米の種を、種籾(タネモミ)と呼ぶ。日ごろ見慣れた白米、玄米の脱皮をする前。

皆さんは、お米の種を見たことがあるだろうか?
「今度、小学生の授業へ招かれることがあったら、聞いてみようかな」と考えながら、まてよ!!このブログを読んで下さる方は、知っているのだろうか?と、素朴な疑問が浮かぶ。
農家に生まれ育った私が知っているのは当然だが、田植え用の苗になるその前。タネモミをご存知か?
心配になって、写真をアップすることにした。知らなかった方は正直に、コメントください。
(笑

070317_095252_m 070317_095309_m 070317_103905_m

さて、種まきの前に、必ず行うのが、タネモミの温湯消毒、一般的には60度のお湯に10分間浸して、種についた菌を死滅させる無農薬の技術である。
昔は、お風呂の後に、一晩つけて低温で消毒した。タネモミをお湯につけると、幼い頃のお風呂場の匂いがする。五右衛門風呂の記憶もよみがえる。(サツキとメイの家の風呂)
品種のコンタミ防止のため、品種ごとにネットの色を使い分ける。丸一日かかり、800㎏程の消毒が終わった。
昨年より1週間遅れの温湯消毒。今年の豊作を左右する大切な作業だ。

一句 「籾の香と ゆめ いっぱいのお風呂やな」

07015

Posted by 井村辰二郎 at 05:58 午後 有機米 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年3月17日 (土)

「インターネットこれまでの10年これからの10年」

070315_110252_m 070315_133558_m 話が前後するが、3月15日アップグレードふくいプラスへ参加した。「インターネットこれまでの10年これからの10年」と題して、ふくい産業支援センターさんが主催した、イベントだ。
参加してい下さった先生は、
佐々木 俊尚 氏(フリージャーナリスト) 木下 修 氏((株)アスキー編集長) 村上 肇 氏((株)創 代表) 平山 泰朗 氏(全国EC協議会 理事長) 田嶋 節和 氏((株)サーフボード代表取締役) 神田 敏晶  氏 (ビデオジャーナリスト)

思えば、脱サラして10年。前の会社を退社する前にお手伝いした最後の仕事が、「石川新情報書府」のコンテンツ制作プロデュース、NTTのOCNプロモーションだった事を思い出した。
有機農業の世界に飛び込んで10年。農産物の生産や商品企画、営業活動に追われて人任せだったネットショップ運営、そろそろ主体的にWebビジネスと向き合う時期に来たと思う。いや、10年出遅れた感じだ。
あれから10年。その変化のスピードと変化の内容を再検証し、これからの10年を考える場として、大変勉強良い機会だった。誘って下さった遠田さん(中小企業診断士でITコーディネータ)良い機会を頂きありがとうございました。

一句 「武勇伝 今は半年一昔」

Posted by 井村辰二郎 at 06:16 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (2)

2007年3月16日 (金)

農を変えたい全国集会in滋賀

070316_131437_m 070316_133959_m

 

農を変えたい全国集会!!in滋賀に参加した。残念ながら日帰りで、今帰ってきた。(まだ事務所)明日は水稲種もみの温湯消毒を予定している。
現在組織立ち上げの最中である「石川県有機農業協議会」として、農場スタッフのT君・S君の3人で朝8時過ぎに出発した。他の仲間も誘ったが、春の仕事は忙しく、当農場スタッフのみの参加となった。(尊敬する北村会長の農業生産法人六星生産組合の方と会場でお会いできたのが嬉しかったです)

京都大学農学部の西村先生の講演から始まり、2部のパネルディスカッションでは、茨城大学農学部の中島先生、ジャパンバイオファームの小祝先生、土佐自然塾の山下先生、秀明ナチュラルファームの佐古先生、民間稲作研究所の稲葉先生、堆肥・育土研究所の橋本先生、自然農法国際研究開発センターの藤田先生のお話と、参加者との意見交換も有り、大変有意義な会だった。夜の懇親会や、明日の分科会に出席できないのは残念だが、明日の農作業が待っているので、後ろ髪を引かれながら会場を後にした。

070316_114303_m

一句 「学び行くも 目が行く彦根の小麦畑」070316_114317_m

Posted by 井村辰二郎 at 08:45 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月14日 (水)

ホワイトデー!決戦☆前夜!

070313_195751_m070313_202125_m5歳の息子が同じ園へ通うお友達から頂いたバレンタインチョコのお返しに、ホワイトデーのクッキーを焼いた。もちろん、妻・娘のアシストで、息子はかた抜きしながら粘土遊びだ。風味豊かな国産小麦の薄力粉は、シンプルなレシピで美味しいクッキーができる。我が家の食生活に無くてはならない有機薄力粉。19年産の有機小麦は順調な生育をみせており、麦秋と呼ばれる6月の収穫が、今から楽しみである。

070313_195842_m 070313_195922_m




 

070226_114752_m_1

一句 「クッキーも 大地の恵み 陽の恵み」

Posted by 井村辰二郎 at 07:46 午前 農産工房「金沢大地」 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月12日 (月)

お誕生ケーキ

私の有機小麦で作った有機小麦粉はケーキ作りに、とても人気がある。我が家でも子供たちの誕生日、クリスマスにはケーキを焼く。ケーキつくりは妻と娘の担当となるが、私は密かに井村家ご用達パティシエの座を狙っている(娘もライバルなので、実現は難しそう)。

子供たちが牛乳アレルギーだったので、以前は豆乳クリームで作ったが、アレルギー体質も少し改善され、最近は生クリームタップリのケーキを作る。

市販のケーキは、滅多に食べさせてもらえない子供たちは大喜び。家族の笑顔に大満足の父であった。
070224_165051_m 070224_165103_m 070224_165227_m 070224_194237_m



 

                レシピを紹介しようと思ったが、妻が企業秘密だと言って教えてくれなかった。(涙

スポンジの色は、マスコバ糖の色だそうです。

一句 「年重ね 苺に写る笑顔かな」

Posted by 井村辰二郎 at 05:54 午後 有機小麦・大麦 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月 8日 (木)

おぼろ豆腐

070308_093617_m 雪が降ると朝がつらい。しかし、豆腐を造り始めてしまうと、思ったより水は温かった。地中の水道水が冷えるまで時間差が有るのだ。

さて、タイトルの「おぼろ豆腐」、農産工房「金沢大地」の人気商品だ。木綿豆腐は木綿を敷いた型で、圧力を掛けて固めるのだが、おぼろ豆腐は、汲み上げ豆腐の一種で、にがりで寄せたそのままを、容器につめる。絹ごしに近い舌さわりがあるのと、水にさらさない為、にがりの成分がそのまま残る。

にがりは、海水から塩を精製する時の副産物で、海水の成分が凝縮されたものだ。微量要素に富、健康の為摂取なさる方や、にがり農法なるものも有る。
豆腐凝固の為の有効成分は塩化マグネシウムなので、農作物に必要で代表的な微量要素「Mg」が含まれる。

この「おぼろ豆腐」我が家では、メイプルシロップをかけて、「豆腐プリン」と
言って子供に食べさせるか、味噌汁の具に汁ごと放り込む。にがりの成分を摂取するのがポイントだ。

海水には、ごくごく微量だが、ウラニウムや金、銀といった要素も含まれている。普通の食品では摂取できない要素が取れるのだ。

生物は、海から生まれ、進化の結果、陸地に上がった。
私の細胞も「海」を欲しているのかもしれない。

太古の海を想像しながら、豆腐を頂くのもおつなものである。

一句  「うみの労 一滴残らず食べるべし」

Posted by 井村辰二郎 at 10:51 午前 農産工房「金沢大地」 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 7日 (水)

加賀雪梅

雪が積もった。今年に入ってからは、初めてのまとまった降雪。地温が有るので、数日で融けると思うが、天気図では冬型が続く。不可思議な天気だ。中村酒造さんから届いた「有機純米酒 加賀雪梅」(私が有機酒米五百万石を栽培している)今年も辛口に仕上がっている。
しぼり立ての生酒を利きながら、不思議な季節感を味わう。桃の節句も過ぎたが、結婚記念の我が家の梅は、花が開いたばかりだ。庭の雪梅を見ながら一杯。もうすぐ種まきも始まるな、などと農作業の段取りを考えながら、今年の一年を想う。節酒の事など、どうでも良い気分になる。

070308_071212_m  

一句 「利く酒と 雪梅めでる やあ一杯」

Posted by 井村辰二郎 at 08:58 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年3月 6日 (火)

パブリックコメントを出そう

農林水産省から有機農業の推進に関する基本方針のへのパブリックコメントの募集があります。インターネットやファクスで広く意見を募集していますので、是非パブリックコメントを出してください。様々な意見があると思いますが、皆さんの意見や情報が基本方針に反映されるはずです。

締め切りは3月15日、奮ってご参加ください。

もちろん私も長文作成中です。(笑

以下、農林水産省HPより引用

募集ホームページ
     ↓

http://www.maff.go.jp/www/public/cont/20070301seisaku_1.html

有機農業の推進に関する基本的な方針(案)についての意見・情報の募集

この度、「有機農業の推進に関する基本的な方針(案)」について、広く国民等から意見・情報を募集いたします。
今後、本案については、提出いただいた意見・情報を考慮した上、決定することとしております。

一句  「鳴かぬなら 夢でも見ようホトトギス」

Posted by 井村辰二郎 at 04:54 午後 営農 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年3月 5日 (月)

主体的な需給調整システム?

※長文・難解失礼します。農政に興味の無い方は、時間がもったいないので、読まないでください。

「農業者・農業者団体の主体的な需給調整システム」

本日、金沢市内の生産調整方針作成者が集まった協議会へ参加した。農業関係者ですら理解が難しい「農業者・農業者団体の主体的な需給調整システム」のタイトルを挙げてしまって、どう日記を書き進めようか迷い、後悔している。(止めようかなぁー)

平成19年産水稲の生産調整配分を調整する会議だ。
昔は減反や生産調整と表現されたが、国や農業団体の押し付けではなく、生産者自らが考え生産量を決める仕組みである。
つまり、面積による半強制的な減反から→国から数量(作っても良い生産量)を配分してもらう仕組みに変わり→平成19年度から、国の情報提供を元に、地域で生産数量(結局は面積)を決め、生産者の意思で生産調整を行うと言うことである。

金沢農業は、父親の代から減反・生産調整は達成しており、その意味では優等生である。
しかし、全国の水稲農家には、その地域や経営の環境により様々な方がおられる。
1、減反・生産調整には参加せずに、作りたいだけお米を作ってきた。
2、生産調整には参加しているが、未達成である
3、生産調整に参加し、目標を達成している
今までは、こんな感じだったが、これからは
1、専業農家(担い手)だが補助金も何も要らないので、自己責任で作りたいだけつくる。
2、兼業農家なので、作りたいだけつくる。
3、兼業農家だけど、なんとなく生産調整に参加する。(今までもしていたし、自家菜園もしたい)
4、専業農家(担い手)として、生産調整に参加し、もらえる補助金はもらう。
どうやら、当農場は、結果として4、のタイプになりそうである。

※しかし、私は生産調整反対派である。持論を簡単に言えば(ASEAN+3カ国に米の市場開放を行い生産調整も廃止。EPA交渉を成立させ、同時にアジアの農村新興に協力する)「エエカッコしすぎ!!」バッシングの嵐が聞こえてきそう。もちろん国境措置が無くなれば、米価が下がり、結果として多くの水稲農家の所得が下がる。過疎地の田も荒れる。しかし、現実としてグローバリゼーションの中で潤う日本の財界(日本の物質的豊かさ)を維持する必要があるならば、米の国境措置、麦・大豆の高関税化にこだわるあまり、機会費用を失うのは、その意味では国益にならないことも理解できる。

さて、食料の60%を輸入する日本(カロリーベース)。国家食料安保なる考えや、国産農産物に存在意義を感じてらっしゃる方(良識ある生活者)の意見は横においておいて、全ての農産物を自由化してみたらどうだろうか。市場を開放し、作りたい人が、作れる人だけが耕する。膨大な農業予算を、もっと有意義な予算に回し、やれる人だけが農業を続ける。

どうなるだろうか?やってみればいい。

真綿で首を絞めるがごとく所得が下る事を想定し、成果を出せない農業構造改革をダラダラと続けるよりも、一思いに現実を認識させて「日本に農民は必要ない」位のメッセージをもらったほうが安楽死できる。言葉が悪かったが、
このままでは、補助金たよりの農業しか残らないのではないだろうか。

もちろん、今書いたような事が現実におこれば、私の農場も潰れるかもしれない。しかし、農民がゼロになる事は無いと思う。ゼロにならなければ再生できる。必要なものは残り、不必要なものは無くなるのである。

しかし、早く解決するだけが美徳ではないことも事実である。ウルグアイラウンド交渉からの10年。この先、品目横断的経営安定対策からの10年間。さらにその先の10年間・・・・。(近未来、歴史家の研究テーマ?)

「年月は」この国の農政・農業が成熟してゆくための必要悪なのかもしれない。

「農業」なんと「スロー」で「やっかいな産業」そして「素晴らしい営み」なのだろうか。

生産調整へのストレスから、少し乱暴な、文章を書いてしまったが、推敲する気力も無いのでこのまま残します。(1年以内に論文としてまとめます)ご批判・ご意見は受けますので、どんどんコメントしてくださいね。笑)

一句 「何故耕す 先祖代々こうしてる」

Posted by 井村辰二郎 at 07:02 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年3月 3日 (土)

池田晶子氏死去

池田晶子氏が、46歳で亡くなられた。
故人のご冥福を心からお祈り申し上げる。

「死ぬということは、人が本質的にものを考え始める絶好のチャンスなのである。」(池田氏)
故人は死に対する考え方を、色々な表現で語っていらした。
若すぎる死と言う事になるのだろうが、池田氏が直面した死はどの様な言葉になったのだろうか?興味本位で発言するのは不謹慎だが、知りたい。

一生の間に一度はお会できればと思っていた方が、亡くなった。週末は死についてプチ哲学することになりそうだ。

一句 「落ちたとて またつけるなり 東方朔  

合掌

Posted by 井村辰二郎 at 09:24 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 2日 (金)

日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会

NPO法人日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会。通称JONAの平成18年度定時総会出席のため上京した。JONAは日本農林規格JAS法に基づく、有機JASの登録認定機関である。つまり、私が生産した有機大豆、有機小麦、有機米などは、JONAの認定により、有機JASマークの表示が可能になる。
JONAとは有機JAS法がスタートする以前からの付き合いで、当農場が有機JAS施法と同時に有機農産物の生産ができたのもJONAとのご縁があったからこそである。
私が有機農業をはじめた頃は、有機栽培に対する国の基準は無く、農家が独自の基準で有機農業を行っていた。私の父親などは、有機肥料を使えば有機栽培だと言い張っていた位だ。今以上に農家の意識に温度差が有ったのも事実である。私も有機栽培とは何ぞや?と悩んだ。無農薬・無化学肥料は当然だが、当時有機認証に対して先進的であったヨーロッパ等の事情を調べるうち、オーガニックと言う言葉は「第三者から認定される」ということが語源であることがわかった。つまりある基準で、第三者による客観的な認証が必要だという事である。なるほど、自分の解釈で、なんちゃって有機栽培をしていてもダメなんだ!!直感的に有機認証の必要性を感じた。当然、勉強にもなる。
調べると、当時有機認証団体は少なかったが、なんと我が県、石川県が独自の認証基準を持って先進的に、有機認証を行っているではないか。これは素晴らしいと、相談に行ったが。大きな二つの壁にブチ当たった。まずは当時河北潟干拓地で行われていた野ネズミ防除・赤カビ病防除の農薬の空中散布、そして隣接農家との同意書である。前者により緩衝地帯を150メートルとる事を言われ、後者により隣接農家全員のハンコをもらってくる事と言われた。一区画40メートル×150メートルの河北潟干拓地で150メートルの緩衝地帯をもうける事は、事実上不可能であり、隣接農家の同意を得る事も不可能であった。結局、石川県からの認証取得はあきらめ、悩んでいるときに民間の認証機関JONAの存在を知り、相談した結果、条件付きで前向きに認証のチャレンジを受けてもらえる事になった。当時のJONA認証を受ける準備を進めるうちに、有機JAS法が施法され、苦労は有ったが無事有機認証を得る事ができた。
有機JAS法は、消費者保護の為の法律である。生産者にとってあまりメリットが無いのだが、信用と言う意味では、当農場の発展に大きな力となった。
時代は変わり、有機農業推進法が施法されるなど、有機農業を取り巻く環境も変わってきた。今回の総会で、JONAの理事に就任することになった。今まで、JONAを産み育ててこられた先輩理事の方々から、若い力で協会を発展させるようにと激を頂いた。JONAに対する恩返しと、有機農業の振興の為に、更なる精進を誓った。

「有機農家井村辰二郎」まだまだ発展途上で有る。

一句 「厄あけて 役多くなり 躍く心」

Posted by 井村辰二郎 at 10:28 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (1)