« 生産者の顔が見える商品 | トップページ | ホーホケキョ☆ »

2007年4月12日 (木)

石臼

20070412162648 オーストリア製の石臼が届いた。
有機小麦の玄麦を→小麦粉にする機械だ。
一時間に6kg~8kgの全粒粉が挽ける。
9年前に、小麦栽培を決めたときに、業務用の○百万もする石臼の購入を考えたが挫折した経緯がある。
現在、金沢大地の小麦粉は、製粉会社さんに製造を委託している。

長年の夢がかなって購入したのは、家庭用の小さな石臼。
自宅でこっそり挽き立ての味と香りを楽しむ(予定)
多忙な妻の小言が聞こえてきそう。

小麦を食べる文化は身近になったが、自宅でパンを焼く文化はヨーロッパほど身近ではない。
ましてや、自宅で玄麦を挽いてパン作りなど、スローで贅沢な食文化提案などできるだろうか?
チャレンジしてみようと思う。
小麦の粒を購入して、自宅で挽いてもらう食生活の提案。

きっと共感してくださる方がいると信じて。

物語は、始まったばかりだ。

一句 「夢半ば 初心へかえる 石の臼」

07026

Posted by 井村辰二郎 at 05:08 午後 農産工房「金沢大地」 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157937/14655403

この記事へのトラックバック一覧です: 石臼:

コメント

この石臼の機械、知ってます。
芦屋の「ベッカライ・ビオブロード」というパン屋で
オープン当初から使ってらっしゃいます。
http://statman.hda.or.jp/cooking/cook2005_8.htm

シュタイナー理論にもとづいて耕作している
ドイツ(だったかな?)のビオディナミの農場パン屋で
自然派のパンづくりを学んでこられた方です。


やぁ~、良いものを導入されましたね。

投稿: おかん | 2007年4月12日 (木) 18時11分

ととと、すみません。
良く見たら、パン屋さんで使ってらっしゃるのにくらべて
ずいぶんとコンパクトなタイプだったようです。

確認不足の早とちり、お騒がせしました。

でも、良いものを見つけられて、良かったですね。

投稿: おかん | 2007年4月12日 (木) 18時13分

おかんさんこんにちは
情報ありがとうございます。素敵なパン屋さんですね。
写真の機械は、大きさは違いますが同じメーカーですよ。
熊本製粉や、太陽製粉でも同じメーカーの石臼を使っています。
セブンイレブンへ納品する蕎麦メーカさんでも導入しているそうですよ。
お値段は高いですがよい機械です。
このユーロ高では、どんどん高くなりそう。

6月頃から、金沢大地でも販売かレンタルを開始する予定です。おかんさんには、無料モニターと使用レポートをお願いするかもしれません。(笑

投稿: 井村辰二郎 | 2007年4月13日 (金) 11時56分

耕生(kulturisto)です。

石臼は私も持っています。もっとも電動ではなく、手動です。少々時間はかかりますが、電気がなくても動くローテクノロジーです。ソバ粉を挽こうと思って何年か前に国産の高級品?を購入したのですが、肝心のソバを栽培している暇がなくて、結局、未使用のまま、現在は鉢物の台にされています(実は愛用の桂の将棋盤も対局相手がいないので、鉢植えの台にされています)。

石臼は近いうちにトウモロコシ(アフリカ産の主食用)を挽くのに使う予定です。トウモロコシの粉を熱湯で練ったものをウガーリとかシマとか言って、東アフリカの人は主食にしています。手(必ず右手)を器用に使って丸め、スープをすくって食べます。私は20代の若い頃、タンザニアのビクトリア湖畔で2年間暮らしていましたから、ウガーリは懐かしい青春の味なのです。正直言って、アフリカにいた時は、「味も素っ気もない不味い食べ物」としか思えなかったのですが、遠く離れてみるとウガーリの無味無臭がなぜか懐かしくなります。料理用バナナやキャッサバの味も忘れがたいです。総じて、主食は味のない方が飽きが来なくていいようです。

私の住んでいたのはビクトリア湖のほとりのムワンザという町でした。この町は先日、金沢のシネモンドでも公開されて話題になった映画「ダーウィンの悪夢」の舞台となった所です。ビクトリア湖へのナイルパーチという魚の放流に端を発した生態系の破壊と搾取・貧困・売春・エイズ・武器輸入といった悪夢の連鎖を描いたドキュメンタリー映画です。数々の世界的賞を受賞していますが、地元タンザニアでは上映ボイコット運動が展開され、日本での上映に際してはタンザニア大使館からの抗議が寄せられたとか聞きました。映画を観て、その理由がわかりました。タンザニアの陰の部分が強調され過ぎているのです。ナイルパーチに罪はないと思います。湖での水産資源の開発は立派な産業のひとつです(ついでに言わせてもらうと、有機物負荷というインプットを、魚などの水産資源で回収するというアウトプットの確立は湖の水質保全のための基本です。この関係を断ち切ってしまったのが河北潟の水質悪化問題です)。生態系の破壊を恐れるのなら、世界中の農林水産業はそもそも成り立ちません。問題は、その新しい資源が地元民の食生活を豊かにするのではなく、ほとんどヨーロッパや日本などの海外に輸出され、地元では貧富の格差を助長することになってしまったことであり、グローバリゼーションの悪い見本のような状況になってしまったことでしょう。ところどころ悪意を感じる描写もありました(子ども達が食料を奪い合う場面など)。売春もエイズの蔓延も、治安の悪さもストリートチルドレンの存在も昔からあった問題です。ナイルパーチとの因果性は慎重に考える必要があります。映画観賞後の印象が悪いのは暗い場面を強調する編集方針にも原因があると思います。編集次第では、逆に東アフリカの人々の生活や自然の素晴らしさを強調することも可能でしょう。例えば、貧しさの中の笑顔と助け合い、青い湖水と白い岩、サバンナを吹きわたる風の心地よさ、咲き乱れる色とりどりの花、湖の恵みの水産物、意外と内部は清潔なマッシュルームハウス・・・・。もっとも光と陰の両方を描いたのでは焦点がぼけてしまい、ドキュメンタリーにはならないかもしれませんね。しかし、マスメディアに踊らされることなく、現地では何が起きているのか、真実を見抜く智恵と理性が必要だと思いました。この映画を観て、アフリカへ行ってみたいと思う人はあまりいないと思いますが、私にとってタンザニア、特にビクトリア湖周辺地域は第二の故郷みたいな所です。もう一度帰ってみたい、と心から思います。

アフリカには素敵な言葉やことわざが幾つかあります。私の好きなスワヒリ語のひとつはtembea(ぶらぶら歩く)です。tembea polepole とは「ゆっくりぶらつく」というくらいの意味で、当時、野原をtembea polepoleするのは、私の数少ない娯楽のひとつでした。

また、次のような思わずしびれるようなことわざもありました。

 Watu wanaweza kuonana, lakini milima haiwezi.
 (人と人は出会うことができるが、山と山は出会わない)

都会の夜の道で見知らぬ人とすれ違うのは緊張を強いられ、冷や汗ものですが、日中、サバンナの野原の真ん中ですれ違う村人は懐かしさ以外の何者でもありませんでした。どちらかともなく Jambo! Jambo!の挨拶が出てきます。

石臼の話からつい長くなってしまいました。
日記と俳句、毎日楽しく拝読させていただいてます。
いつかお目にかかりたいものです。
では、また。

投稿: 耕生(kulturisuto) | 2007年4月14日 (土) 01時26分

耕生さんこんにちは
コメントありがとうございます。
アフリカにいらした事が有るのですね。
私は、遊びほうけた大学生時代を振り返り、有り余る時間をもっと有効に使っていればと後悔するばかりです。
「少年老いやすく学なりがたし」子供達に繰り返す毎日です。反面教師
トウモロコシの思い出は、興味深く拝読しました。
カロリー時給率に貢献する穀物生産農家を自負していますが、トウモロコシは経験の無い穀物です。
バイオエタノール需要による、相場の高騰が騒がれていますが、農業を語るのに「グローバリゼーション」を考察しなければ、議論できないような時代になりました。
人間の営みの源泉たる農業。
真剣に考える時期に来ているような気がするのですが。
乱文、失礼致しました。

投稿: 井村辰二郎 | 2007年4月14日 (土) 19時55分

コメントを書く